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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)7863号 判決

原告

鈴木俊彦

右訴訟代理人

岩淵秀道

被告

甲野一郎

右法定代理人親権者兼被告

甲野弘

甲野康子

被告

乙野二郎

右法定代理人親権者兼被告

乙野孝

乙野光子

被告

丙野三郎

右法定代理人親権者兼被告

丙野昭

丙野昭子

被告

丁野四郎

右法定代理人親権者兼被告

丁野花子

以上一一名訴訟代理人

田中和

西山鈴子

主文

一  被告らは各自原告に対し金五五万三六〇〇円及びこれに対する昭和五五年八月二四日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを七分し、その五を原告、その二を被告らの各負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因1記載の事実〈編注―被告らの年齢、身分関係〉は、当事者間に争いがない。

二〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

原告は、小岩五中卒業後就職し、昭和五四年三月頃(当時一九才)はガソリンスタンドに勤務していた。同月三一日午後一〇時頃、国電小岩駅近くの天祖神社付近の巾約2.5メートルの道路を自転車に乗つて通行中、交差点にさしかかつたとき、たまたま右側道路から自己の進路前方に出てきたAに出会い、突然ではあつたし、酒に酔つていたこともあつてうまくすれ違うことができず、「邪魔だ。」と声をかけた。Aも「邪魔だとは何だ。」と言い返したので口論となり、Aは、「もういい。」と言つて立ち去ろうとした原告の肩に手をかけてひきとめ、顔面を殴り、自転車からひきずりおろして腹部に頭突きをしたり、道路際の家屋の壁に背中を押しつけたり、うずくまつた原告の顔面、背部を殴りつけるなどの暴行を加えた。その結果、原告は約六週間の安静加療を要する背部打撲傷、顔面打撲挫創(門歯骨折、上下口唇血腫)の傷害を受けた。右門歯骨折は、義歯四本を入れなければならない状態である。Aは、被告甲野一郎とともに小岩四中を、被告乙野二郎、丙野三郎、丁野四郎は小岩二中を、それぞれ卒業した直後で、甲野、丁野の就職祝として、五人一緒に午後七時頃から小岩駅前の「木村屋」でビールを飲み、天祖神社に寄つたのち、Aが被告一郎らより一足先に同所を出て前記のとおり原告に暴行を加えた。被告一郎らは、本件現場に近づいたときAと原告が口論しているのを聞き、Aのそばへ行つてAから約一メートル離れた地点に横に並んで立ち、Aが原告を自転車からひきずりおろして殴つたり蹴つたりしているのを見ていた。その後うずくまつている原告を放置して帰宅しかけたところへパトロール中の警官に呼びとめられ、互に声をかけあつて逃走し、被告一郎だけがその場で補導された。右五人は、いずれも江戸川区、葛飾区内の中学生のうち、いわゆる番長と呼ばれている者が組織している「荒武者」というグループのメンバーであつて、右「荒武者」に属している者は、グループの制服をつくり、他校の生徒などに喧嘩を売つては殴りあいをし、昭和五三年一二月下旬頃には兇器準備集合、傷害の疑いで補導されたこともあつた。常々複数で行動し、喧嘩するときは中の一人が行うが、他の者は仲間の形勢が不利なときは加勢するのを常としており、本件当時もAが負けそうになつたときは助ける体勢をとつていた。被告親権者らは、被告一郎らが中学三年のときから酒を飲み、喧嘩をして相手に傷害を負わせたこともあることを知つていたが、酒を飲んではいけないとか、喧嘩もほどほどにせよとか口頭で注意する程度であつた。

以上の事実が認められる。

三1  右に認定したとおり、本件の直接の行為者はAであるけれども、被告一郎らは、当日午後七時頃からAと行動を共にし、本件現場にも僅かの時間差で到着して終始Aの暴行を見守り、共に逃走しているのであつて、「荒武者」に属する者の日常の行動からすると、Aは、被告一郎らがすぐそばにいるからこそ原告に対し暴行を加えたものとみることができ、被告一郎らの行為は、右Aの行為を補助し、容易ならしめたものとして、民法七一九条にいう幇助に該当するものというべきである。

よつて、被告一郎らは、共同不法行為者として本件傷害による損害に対する賠償義務を免れない。

2 そして、右事実からすれば、被告一郎らは責任能力を有することは明らかであるが、未成年者が責任能力を有する場合であつても監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によつて生じた結果との間に相当因果関係が認められるときは、監督義務者につき民法七〇九条に基づく不法行為が成立する。本件において、被告親権者らは、被告一郎らが中学三年生の頃から酒を飲んだり、喧嘩して相手に傷害を負わせたりしていることを知りながら放置し、他人に危害を加えるような行為をしないようにとの一般的な生活指導を怠つた結果、被告一郎らが本件に至つたもので、右監督義務の懈怠と本件傷害との間には、相当因果関係を認めることができる。

よつて、被告親権者らは、民法七〇九条による損害賠償義務を免れない。

四1  〈証拠〉によれば、原告は本件傷害により昭和五四年三月三一日から四月二六日まで松江病院に入院して、合計六八万六九〇〇円の治療費を要したこと、義歯を入れるための費用として、四八万〇一〇〇円を要することが認められる。

2  原告は、逸失利益は二八万円であると主張するが、これを認めるにたりる証拠はない。

3  本件傷害により原告が精神的、肉体的苦痛を受けたことは明らかであり、これを慰藉するには四〇万円が相当であると認める。

よつて、原告は、本件傷害により合計一五六万七〇〇〇円の損害をこうむつたものというべきである。

五被告は、本件について請求原因事実を否認するのみであるが、過失相殺で斟酌される被害者の過失は、同人のこうむつた損害のうち賠償義務者によつて賠償されるべき妥当な額はいくらかを決定するについて考慮されるべき一資料であるから、賠償義務者から被害者の過失の存在や、過失相殺すべき旨の主張がなくても、証拠上被害者の過失が認められる限り、裁判所は職権をもつて右の過失を斟酌して過失相殺し、妥当な賠償額を決定することができる。前記認定の事実からすると、本件は、社会人になつていたとはいえ未成年の原告が、飲酒したうえ交差点で行き会つたAに対し因縁をつけたことが発端となつて発生したもので、損害の発生につき原告に過失があることは、明らかであるから、これを斟酌する。そして、その後はAの一方的な攻撃にさらされただけであることからみて、その過失割合は二割と認めるのが相当である。

よつて、原告が加害者らに対し請求しうる損害賠償の額は、一二五万三六〇〇円である。

六〈証拠〉によれば、原告は、Aから本件損害賠償金として合計七〇万円の弁済を受けたことが認められる。共同不法行為者の損害賠償義務は、不真正連帯債務であるが、債権の満足をうる弁済については絶対的効力を有するから、前項の金額から右七〇万円を控除すると、被告らが原告に対し支払うべき損害賠償の額は五五万三六〇〇円である。

七以上の次第で、原告の本訴請求中、被告らに対し各自金五五万三六〇〇円と、これに対する不法行為の後である昭和五五年八月二四日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分を正当として認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九二条、九三条、仮執行宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(大城光代)

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